八重瀬町の誕生と合併の背景

八重瀬町の誕生と合併の背景

公開日 2008年06月10日

八重瀬町の誕生

 

平成18年1月1日、東風平町と具志頭村が合併し「八重瀬町」として生まれ変わりました。東風平町と具志頭村は明治41年(西暦1908八年)の沖縄県島嶼町村制度に基づき「東風平村」「具志頭村」として誕生し、幾多の歴史を刻み、発展してきました。  

 

合併の背景

 

日常生活圏の拡大

 

国道・県道等の主要道路の整備等による利便性の向上により、住民生活全般や企業 等の経済活動は、町村の境界を越えて拡大し、町民の通勤や通学、買い物などをはじめとした日常的な交流が進展していました。このような中、ごみ処理などの行政サー ビスは広域的な対応を積極的に進めてきましたが、今後は、道路ネットワークの向上、福祉サービスの充実をはじめスポーツ・レクリエーション施設や文化施設の利用など 町民の日常生活に関する行政サービスにおいても一体的な対応が求められていました。

 

町民ニーズの多様化

 

少子化や男女共同参画社会の進展などの社会情勢の変化に伴い、家族個々人の生活を大切にするなど町民の生活様式の変化、共働き世帯の増加といった就業形態の多様化などにより物の豊かさではなく、心の豊かさを求めるなど人々の価値観は多様化しています。それに伴い、町民の行政に対するニーズも高度化、複雑化していました。

少子高齢社会の到来

急激な少子化は、生産活動を担う人材の減少、それに伴う税収の減などにより行政サービスを維持することが困難になると考えられていました。また、高齢化の進展により、医療・保健・福祉に対するニーズが増加し、それに伴う負担増が想定されていました。

 

地方分権の推進

 

平成12年4月にいわゆる地方分権一括法が施行され、住民に身近な問題は身近な自治体に任せるという考え方に基づいて、自治体の権限を拡大し、法律上、国と地方とが対等・協力の関係になり、自治体の自己決定権が拡大することとなりましたが、併せて、自己責任の重みも増したことから、地方行政の大きな変革を促すこととなりました。このような地方分権の時代においては、自らの判断と責任で、行政サービスや各種施策を自主的・主体的に決めて実施していくことが求められていました。

 

財政状況

 

両町村の財政は、三位一体の改革による交付税の削減や、公共事業を行うために借り入れた多額の地方債(行政の借金)が財政を圧迫し、従来の行財政運営では立ち行かなくなるほどの危機的な状況にあり、緊急かつ抜本的な改革に取り組まなければならない大きな課題として、合併を推進する大きな要因となりました。
今後、より厳しい財政運営が予測される状況において、現在の行政サービスを将来にわたって維持していくためには、行財政基盤の強化を図るとともに、より効率的な行財政運営を行うことが求められていました。

お問い合わせ

企画財政課
TEL:098-998-2668