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謝花昇(偉人)

沖縄自由民権運動の父。「東風平謝花」と称えられて県民の尊敬を集めた。

謝花昇 1865〜1908(慶応1〜明治41)行政官、社会運動家。

東風平間切東風平村に農家の長男として生まれた。勉学に秀で、後に県費で東京へ留学、主に農業について学んで大学を卒業して沖縄県庁へ入る。昇は役人としても数々の業績を挙げ、「東風平謝花」と称えられて県民の尊敬を集めた。 後に当時の沖縄県知事奈良原繁と対立した昇は県庁を辞職し、「沖縄倶楽部」を設立して、奈良原知事の更迭と沖縄への選挙権施行を求めていった。 昇の行動は「沖縄の自由民権運動」として後世に伝えられるも、運動は数々の妨害にあって瓦解し、昇は心と体を病んで早くに亡くなった。 謝花昇については八重瀬町立具志頭歴史民俗資料館に展示室を設け詳しく解説を行っている。また、銅像は八重瀬町東風平運動公園内に設置されている。

 

謝花昇先生之像

東風平運動公園の高台にある銅像までは、謝花昇が病没した年齢と同じ44段の階段が続いています。実際に階段を数えてみましょう。

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